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「市場には歪みがある。
そこは、必ず是正される」というのは、ジョージ・ソロスの有名な言葉ですが、このときのヨーロッパの通貨の大乱には、たしかに市場の歪みがあり、人災であったという側面もあります。
そのことを端的に示すのが、欧州復興開発銀行のジャック・アタリ総裁の次のよこの時期、日本経済新聞に、アイルランドの金利が20,000%から40,000%へという、小さな記事が掲載されました。
多くの人が、金利は17%で、小数点以下の表記の誤りだと見たようですが、そうではありません。
「このような時においてこそ、制度を確立しなければならない。
制度なき市場は闇市であり、マフィアが暗躍する場所だ」ポンドとリラがERMを離脱し、フランスも危うくなったのが、一段落したころ、アタリ総裁は、テレビ・インタビューで、このように述べたのです。
そもそも1957年のローマ条約は、経済的にも政治的にも統合を果たした「ひとつのヨーロッパ」を、その延長線上に想定するものでした。
その「ひとつのョ−ロッパ」とは、2度と再び領土をめぐる争いや悲劇をもたらすことのないョ−ロッパであったはずですが、現実にはそのはるか手前で、各国とも通貨の大乱を経験することになりました。
そこで、このアタリ総裁の発言となったわけですが、この発言の前提には、制度というものに対する信仰のようなものがあります。
制度をしっかりと構築すれば、世界恐慌も超インフレも戦争も起きないというようなことで、第2次世界大戦後の世界はスタートしたわけですが、現実にはそうではありませんでした。
それにもかかわらず、まるで先祖返りするかのように、アタリ総裁がそのような発言をした背景には、似たような世界観を持っているヨーロッパの指導者たちがいたものと思われます。
制度への揺るがない信頼は、官僚的な思考ともいえます。
世界一の官僚国家は日本だというような指摘もありますが、官僚が大きな力を持つのは、社会主義国家です。
社会主義国家は、経済も計画経済指令経済であり、官僚が細かく政策を策定し、実施させます。
その官僚が大きな力を持った官僚主導型の社会主義国家の経済が、うまくいかなかったというのが、別世紀末の現実でした。
ソ連邦の崩壊、東ヨーロッパのソ連衛生国家諸国の民主化、中国の改革開放経済への移行が、その最も確かな証拠でした。
だからこそ、東西冷戦構造が終結し、東西ドイツ統一となり、そのすべてが引き金となって、ヨーロッパ通貨の大乱が起きたにもかかわらず、なおも制度への信仰をこのときアタリ総裁は告白したのでした。
ERMの混乱の根底にあるのは、資本主義には、そもそも対内(国内)均衡と対外(国際)均衡というふたつの相反する課題が存在し続けているということです。
それはもう、資本主義がはじまって以来のことです。
国内均衡というのは、国内をとにかく我慢できる状態に維持するということです。
それに対して、対外(国際)均衡というのは、国際間がギクシャクしないようにバランスを保つということです。
金本位制度が、国際的通貨関係を支配してきた時代には、金の流出入によって、対ヨーロッパの通貨大乱には、そのような思想、信仰による人災という側面があり、だからこそ、「市場には歪みがある。
そこは、必ず是正される」と、ジョージ・ソロスにつけ込まれることになったのではないでしょうか。
外均衡が優先されるというメカニズムが確立していました。
別世紀でいうと、第1次世界大戦が勃発するまでの3年間と、1924年に英国が金本位制を復活させてから、1931年に再停止するまでの短い期間には、そのようなメカニズムが機能していました。
第2次世界大戦後には、さすがに国内均衡優先の経済が反省されました。
そうして生まれたのが、IMF体制です。
IMF体制とは、第2次世界大戦後のアメリカの突出した経済力を背景に、ドル金本位制が崩れた後の1930年代は、国内問題に苦しんでいた国々が、金本位的国際均衡の力学を否定することによって、一斉に国内均衡を実現しようとした時代でした。
国際均衡をほとんど無視するかたちで、それぞれの国が国内経済に取り組むことによって、国家主義が台頭し、激烈な為替戦争が展開されることになったのです。
そうして、行き着いた先が、第2次世界大戦でした。
を金に代わるものとして据えた通貨体制です。
英国の経済学者ケインズは、ドルを基軸通貨にすることに反対していました。
戦後にすでに超大国になっていたアメリカは、力まかせにドルを世界の基軸通貨にしてしまいました。
この体制ができた直後のアメリカの経済力と政治力は、それほどまでにずば抜けていたということでもあります。
そうして、アメリカが国内均衡を追求するプロセスに、他の諸国をも組み入れることにより、他の諸国もまた国内均衡を達成できるという関係が、実現できたかに見えました。
このアメリカの繁栄が世界の繁栄であった時期には、「世界はひとつ」になったかのようでした。
圧倒的で突出した経済力を1国が誇るということ自体、そもそも異常であり、覇権国のつれとして、アメリカの経済力は次第に弱体化し、世界の内外均衡の要に居続けることが重荷になりはじめました。
そこで、国内均衡を犠牲にしてでも、ドル本位制の維持に努めることはしないと方針を転換したのが、ニクソン・ショックでした。
米大統領ニクソンは、中国を訪問し、米中緊張緩和の意思を表明した翌月、米ドルと金の交換停止を含む一連のドル防衛策を、率直に世界に通告しました。
そのことにより、国際政治と世界経済は、深刻な衝撃を受けたのですが、「ニクソン・ショック」という場合、多くは「ドルと金の交換停止を含む一連のドル防衛策」のみを指しているようです。
「米中緊張緩和の意思表明」と、1971年8月に世界に通告された後者のみを、とくに「ドル・ショック」と「ドルと金の交換停止を含む一連のドル防衛策」がセットになっていて、このニクソン・ショックを契機として、世界は固定相場制から変動相場制へと移行していったので1990年3月に東西ドイツが統一され、インフレ抑制のために統一ドイツが高金利政策をとり、そのドイッヘの対応から欧州各国が軒並み高金利政策をとることにより、欧州各国通貨の投資価値が上がり、やがて過大評価につながっていきました。
そのなかでも、とくにポンドが、実勢とかけ離れて高止まりしていることに目をつけたジョージ・ソロスは、1992年9月にポンドへの売り浴びせ、防衛に立ち上がった英国政府に対して、さらに強烈なポンド売りを行い、ついに英国政府を屈伏きせました。
その蛇年9月の後も、ジョージ・ソロスは、ポンドを売り続け、ポンドは3年後の妬年まで減価し続けたのですが、例年n月には、メキシコのペソが突如切り下げられ、ドルとの固定相場制を廃止して、変動相場制に移行するとの発表がありました。
膨らみ続ける貿易赤字の負担に耐えかねてのメキシコ政府の決断によるものでした。
そのメキシコの通貨ペソが、ドルに対して17%も暴落したのは、その後、新年を挟んでのたった2週間のことでした。
メキシコ政府によるペソの切り下げ幅が小さすぎると、市場はペソを売り浴びせたのです。
このとき、ジョージ・ソロスが関係していたかどうかは不明です。
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